「青天を衝け」大河ドラマ渋沢栄一!どんな人物?海運事業で死闘を!ライバルは?

渋沢栄一 雑学
渋沢栄一生誕180年
NHK大河ドラマ渋沢栄一が始まります、渋沢栄一とは?どんな人物だったのでしょうか?
日本の経済界に大きな影響を残した人物であるとのことですが、何をしたの?
海外から見た渋沢栄一とは?渋沢栄一のライバルって誰だったの?このようなことを記事にしました。

2021年大河ドラマがもうすぐ始まります、「青天を衝け」主演は吉沢亮!

新一万円札の顔にもなる人物の波乱万丈の人生を演じてくれます、楽しみですね。

さぁそんな渋沢栄一は1840年3月16日生まれ
江戸末期、動乱の中、現在の埼玉県深谷市の豪農一家に生まれたんですね。

渋沢家は、藍玉(染料)の製造販売や養蚕、米、麦、野菜の生産も手がけていました
父が教育熱心で7歳の時には、論語を始め4書5経や日本外史も学んだそうです。

また剣術も神道無念流を元川越藩剣術師範の大川平兵衛に学んでいました

百姓であっても文武両道だったんですね。

14歳から単身で藍葉の仕入れにも出かけるようになり、この時の経験が後にヨーロッパの経済システムを吸収しやすくする素地を作り出したようです。

どんなに学問や剣術を学んでもすぐに生かせない、身分制度には相当な不満や鬱憤が徐々に溜まっていったのでしょう。

田舎にいても江戸の争乱や、日本への欧米列強の干渉が耳に入ってくると、
読書家で勉強好きな栄一は、百姓でも日本の危機を見過ごすわけにはいかないと、
尊王攘夷運動に身を投じていくんです。

尊王攘夷中に一橋家に使えることになる。

1863年に幕府を倒すという計画を立てました。
どんなことを計画していたのかというと、
従兄の渋沢喜作らと攘夷蜂起を目的とする同士を組織したんです、
高崎城を乗っ取り武器・弾薬を奪い、鎌倉街道を南下して横浜を焼き討ち、外国人を切り捨てるというだいそれたことでした。

とんでもないことをやろうとしていたんですね。結局実行されなかったのでよかったんですが、
もし実行していたら、歴史が変わっていましたね。

その後、京都に出た栄一は、平岡円四郎の推挙によって一橋(徳川)慶喜に仕えることになりました。
この時に新選組との交流もあったんでしょうか。

一橋(徳川)慶喜が15代将軍になり栄一も幕臣に

さらに1866年に徳川慶喜が将軍になると自身は幕臣となり、
1867年3月7日に徳川慶喜の弟、昭武に随行してパリ万博へ行くことになり、
フランスやヨーロッパなどの諸外国へ渡航してその先進的な産業や軍備に感銘を受けました。
約1年半の間に色々見聞して、日本に足らないモノや、日本でやるべきことを考えていたんでしょうね。

もともと知識欲の旺盛だった渋沢栄一にとって毎日々が常に新鮮だったんでしょう、1年半といっても
実質的には4年も5年分ににも匹敵するほど密度の濃い日々だったんではないでしょうか?

日本に帰ってきてからの活躍の下地はこの時にできたのでしょう。

渋沢栄一と死闘を演じたライバルは?

経済界で死闘を演じたのは岩崎弥太郎です!
この話の前に、、渋沢栄一がヨーロッパからの帰国を命じられ、
日本に帰ってきたのですが、、、。

欧州から一年半で帰国した栄一を待っていたのは、徳川幕府の終焉していた世界でした。
明治維新後に帰国した渋沢栄一は、静岡に謹慎していた徳川慶喜と面会しました。

このとき慶喜から「これからはお前の道を行きなさい」との言葉をいただいたんですが、
静岡に残り旧恩に報いる為にフランスで学んだ、株式会社制度を実践することや、
日本で初めての商法会所を1869年に設立したんです。

新政府からの借金返済のためといわれていますが、渋沢栄一の実行力はスゴイですね。

この静岡での活躍をきいた大隈重信は栄一を熱心に口説き落として新政府への参加させます。
この時が1869年11月のことです。

これから退官する1873年5月までの約4年間で日本の貨幣制度の基礎をつくり上げたんですね。
旧大蔵省を率いて改革に邁進したわけです、とうじは大隈重信や大久保利通とは予算編成をめぐって対立したそうですよ。

退官後は多くの銀行を設立、そのた多種多用な企業の設立に関わり、なんとその数は500以上といわれています。

そんな時、栄一とは異なる手法で実業界に新風を巻き起こす男がいました。
それこそが岩崎弥太郎。徹底した独裁主義で三菱を立ち上げ海運業界を制覇して行くのです。

道徳か利益か!泥沼の死闘!

栄一は弥太郎の独裁主義に危機感を覚え、ついに三菱に対抗すべく巨大海運会社を立ち上げました。
ここにふたりの死闘が始まるのです。

果てしない運賃引き下げ競争、速力の競い合いなどともに倒産寸前までふたりは争い続けます。
最終的にはこの戦いは弥太郎の死によって終結することになりました。
政府は両社を合併し日本郵船を設立したんです。
栄一はその後も無数の企業を設立し「日本資本主義の父」と称されました。

道徳をもって経営する栄一。利益追求を第一とする弥太郎。
このまったく異なる二人の実業家が同じ時代にいなければ日本の資本主義は生まれなかったのかも知れません。
三菱商事は現在でも多くの事業を手掛け、日本の経済を引っ張っています、かたや渋沢栄一が関わった企業は一部上場企業として
活躍している企業はイッパイあります。

【事業会社】
東京瓦斯、東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)、
王子製紙(現・王子製紙、日本製紙)、田園都市(現・東急)、
秩父セメント(現・太平洋セメント)、帝国ホテル、
秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、麒麟麦酒(現・キリンホールディングス)、
サッポロビール(現・サッポロホールディングス)、東洋紡績(現・東洋紡)、大日本製糖、明治製糖、澁澤倉庫など
その他500社以上の設立に関わっています。

考え方は違ったのでしょうが、現在を見るとどちらも日本の経済を引っ張っている基礎をつくりあげたんだなと、
関心します。

ちなみに岩崎弥太郎は土佐に生まれ激しい階級差別に晒されます。
弥太郎は勉学に励み出世を夢見ていたんです。土佐藩の坂本龍馬とものちに交流することもあったようです。
弥太郎にとっては、徳川幕府の終焉、身分制度の崩壊、新政府の樹立は立身出世のチャンスだったのかもしれません。

渋沢栄一、新一万円札の顔は海外(韓国)で

渋沢栄一が新一万円札の顔となることに「恥辱」だとして、韓国メディアが痛烈批判しています。
また、これが韓国との関係に影を差すのでしょうか?
なんでまた韓国が?って思いますよね。

なんと日本の植民地時代に韓国紙幣に渋沢栄一の顔が使われていたんです。
海外の反応も含め、見て行きます。

渋沢栄一は朝鮮で第一銀行頭取をしながら最初の紙幣を発行し、そこに自分の肖像を入れました。彼はその後も、朝鮮を収奪するために先鋒に立った、とのことなんですが?

しかし、確かに紙幣に渋沢栄一の肖像が入っていたのは、事実なんです。
つまり、朝鮮初の紙幣の肖像画が日本人の渋沢栄一であったんです。

これには、経緯がありますが、渋沢栄一が頭取をしていた日本最初の銀行である第一銀行が、
大韓帝国の許可無しに「無記名式一覧払い約束手形」を発行し、
これが実質的に紙幣として流通したため、
朝鮮半島を統治していた大韓帝国は1905年に正式な紙幣として承認せざるを得なかった。

初期の1円、5円、10円券に頭取である渋沢栄一の肖像画が描かれていたんです。
その後、韓国総監の伊藤博文から次のような話があり変更されました。

第一銀行券を「一国の紙幣が日本の民間銀行の銀行券を使用しているのはいかがなものか」
韓国独自の中央銀行(後の朝鮮銀行)へと切り替えさせました。

渋沢栄一は韓国でも多くの企業の設立に関わっていきます。

会社名・団体名   年 渋沢栄一の関り
銀行関係 第一国立銀行(在韓国支店) 1878~1896 頭取
(株)第一銀行(在韓国支店) 1896~1943 頭取
韓国興行(株) 1904~1913 監督
(株)韓国銀行 1909~1911 設立委員
東洋拓殖(株) 1908~1945 株主代表
鉄道関係 京仁鉄道(資) 1899~1903 取締役社長
京釜鉄道(株) 1896~1906 取締役会長
平安伝記鉄道(株) 1906~1906 事業計画立案
朝鮮軽便鉄道(株) 1916~1919 株主
鉄道関係 朝鮮中央鉄道(株) 1919~1923 株主
朝鮮森林鉄道(株) 1920~1923 渋沢同族が株主
朝鮮鉄道(株) 1923~1946 渋沢同族が株主
産業関係 韓城電気会社 1899~1904
韓国水力電気(株) 1906~ 発起人
日韓瓦斯(株) 1907~1909 発起人、取締役会長
日韓瓦斯電気(株) 1909~1915 取締役会長
朝鮮製糖(株) 1912~ 発起
京城電気(株) 1915~1945 社長

こんなにも多くの企業の設立に関わっているんですね、ただし韓国での渋沢栄一の評判はよくありません。

自国の日本に比べて取り組み方も違っていたのでしょか。

そんな渋沢栄一が一万円札の肖像になると決まったので、韓国ではあまり良い印象を持たれていないのが、現状のようです。

なにはともあれ、渋沢栄一が与えた多くの恩恵は計り知れないことであることは確かです!

大河ドラマを見て渋沢栄一の生きざまから、学ぶべきことがあるかもしれません。

まとめ

大河ドラマで渋沢栄一をモデルにした「青天を衝け」が始まります。

渋沢栄一とはどんな人物でどんな生き方をしてきたのか?

波乱万丈の生き方を記事にしました。

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