全盲弁護士!日本で初めて点字での司法試験合格!その行動の秘訣はなに?

仕事
歴史的裁判を担当し、勝訴してきた全盲の弁護士、日本で初めて点字での司法試験に合格。

8度落ちてもあきらめなかった執念の男!

世の中にこんな人もいるんだと、私も勇気をもらいました!

コロナ禍で生活困窮者に寄り添う姿は生きる力をもらえます。

竹下義樹弁護士から学ぶ諦めない、必ずやり遂げる力、考え方とは?

“武闘派゛と呼ぶ人もいる、弁護士の竹下義樹さん。
山口組組長を相手どった裁判の弁護団長をつとめて勝訴しました。

さらに生活保護を廃止されたホームレス状態の人が行政を訴えた裁判でも原告を弁護して勝訴し、
福祉のあり方に一石を投じました。

弁護士になるまでも波乱の連続だったそうです。
当初は視覚障害を理由に司法試験の受験が認められなかったのだ。

社会の逆風に真っ向から立ち向かった痛快人生。
新型コロナウイルスの影響が長引く中、生活困窮者を支えている姿が勇気をもらえます。

竹下義樹事務所は「つくしの花言葉」を座右の銘に!

「つくし」は土手や野原に自生している素朴で力強い植物です。

竹下義樹さんが所長の弁護士事務所は、つくしの花言葉を事務所の座右の銘と考えています。
みなさんはつくしの花言葉をご存知でしょうか。「向上心」「努力」がつくしの花言葉です。

つくし法律事務所は、11名の弁護士とそれを支える事務局によって、
企業や一般の方達の期待に応えるために全力を尽くすことを、旨に事務所を運営しているそうです。

竹下義樹さんは次のようにおっしゃっています、「依頼者と弁護士が、さらには事務局も一体となって向上心を忘れず、
努力を続けることが経営においても、人生においても大事だと考えています。」

「それぞれの弁護士が責任感を持ち、それぞれの個性を発揮し、
笑顔で依頼者の期待に応えることのできる事務所がつくし法律事務所です。」

「しかも、11人が依頼者の方々の利益を守り、権利を実現するために一丸となって行動する事務所です。」

こんな弁護士事務所なら、なにかトラブルになった時にお世話になりたいですね。
ところでつくし弁護士事務所は何処にあるのでしょうか?

つくし弁護士事務所、所在地は何処?

事務所名称京都つくし法律事務所/弁護士法人つくし総合法律事務所(京都弁護士会所属)
東京弁護士法人つくし総合法律事務所 東京事務所
所在地京都京都市中京区間之町通夷川上ル楠町601番地3 楠町ビル3階
東京都新宿区新宿1丁目4番13号 溝呂木第2ビル6階60B号室
TEL/FAX京都/075-241-2244 / 075-241-1661
東京/03-6380-1088 / 03-6380-1087
構成人員京都/弁護士10名
東京/弁護士1名
沿革
1994年5月
竹下法律事務所 開設
2007年1月
つくし法律事務所に改称
2011年12月
弁護士法人化(弁護士法人つくし総合法律事務所)
東京事務所 開設

これを見ると京都がメインなんですかね、
東京には一人しかいません。

まぁでも、なにか弁護案件が持ち上がった時は、
京都から応援が来るんでしょう。
東京なら私も行けるので、なにかあったら頼んでみようと思います。
NHKの逆転人生という番組を見て、困難な道を何故選んだろう?
点字で弁護士の勉強をすることなんて、、私は考えただけで無理!って思う。

私は竹下義樹さんが何故弁護士を目指す気になったのか?
その行動に駆り立てた考え方の原点はなんなのか?
どうしても知りたいと考えるようになりました。

何故弁護士を目指したのか?

先天性緑内障で小学校に入った時には視力は相当落ちていてい、
眼鏡をかけてもあまり良く見えなかったそうです、
野球や卓球などの球技は球が見えなく、「下手くそ」と言われ仲間に入れてもらうこともなかったそうです。

中学に入ってからも視力はドンドン落ちていき、
試験問題が見えなくて、3年生の試験で全て名前しか書かないで提出したこともあるそうです。

いくつもの病院にいっても原因が分からず、京都府立医科大学で検査後に即入院となったそうです。
結果は半年入院、失明、その後半年は学校も行けず卒業になったそうです。

三年次はほとんどが休学、二年までの成績表もほぼ3か2だったそうなんです。

中学三年で視力を失って、石川県立盲学校高等部理療科に入学、高等部の専攻科には、
「按摩、針、灸」を修学する理療科しかなく、皆「按摩・マッサージ・指圧師」の免許を取得し、
卒業後の進路は「按摩さん」しかないとのはなしです。

そんな高校生活から何故、最難関の弁護士を目指したのでしょうか?

弁論大会への出場と弁論部の創部

そんな高校生活をしている一年時に、先生から弁論大会への出場してみないか?
そう言われ、「ベンロンってなんですか?」

そんな状態から、先生の手助けを受けながら文章を完成して、
いきなりの全国大会へ出場したそうです。

緊張のため文章とは違う話をしてしまい、入選には至らなかったそうですが、
自分をアピールすることが心地よい感覚になり、
弁論部を創部したそうです。

その後卒業までの期間出られる弁論大会にはすべて出たそうです。

★石川県高等学校文化連盟主催の弁論大会優勝
普通高校の友達が受験勉強をなげくなか、自分たちは人を癒す勉強をしているので、
盲学校での生活は決して暗ものではないとの趣旨を発表したそうです。

その後NHK主催の「青年の主張」にも出場、金沢予選通過。
東海・北陸大会で惜しくも2位。

普通かの生徒との交流が増えて友人も多くなってきたときに、
「なんで、みんなは受験戦争から抜けられないの?」
こんな質問をよくしたそうです。

帰ってきた言葉は。

「将来の夢を実現するためだよ」
「自分は医学部に入り、医者になるんだ」
「私は教育学部に入り先生になるんだ」

そんな答えが返ってきたそうです。

そして「ねえ、竹下君は何をやるの?」
その時の返事は「そうだな、按摩さんをやるんだろうな」

しかし本心からやりたいと思っていたのではなく、
なんとなくの考えだったそうです。

大学を目指すことを決める!

先生に大学に行きたいと、相談するも、
「やりたいことも決まっていなにのに、大学に行っても無駄だよ!」
そんなことを言われ、なにを自分はやりたいのか?

頭の中でイメージを浮かべると以前テレビで見ていた弁護士の颯爽とした姿が浮かんできたそうです。
自分は「話すことも好きだし」「お金も良さそう」などという普通の人とは全然違う発想から、
法学部に入って弁護士を目指すことを決めたそうです。

先生に話したら、当然に

何を夢みたいなことを言っているんだ!

こう言われたそうです、竹下君は。

先生、僕は夢を話しているんです!

それから、二浪して大学(龍谷大学)に入り、

8度の司法試験に落ち、9度目の司法試験に合格しました。

大学に入ってから司法試験に合格するまでは言葉に言い尽くせない努力があったことでしょう。

ボランティアに六法全集を読んでもらいながら、点字になおし勉強する、

私など考えただけで無理、々、できないって思ってしまいます。

そもそも、点字での司法試験てなかったんです、
それを法務省に掛け合って実施してもらい、
盲人での弁護士に始めてなったんです。

もちろん一人ではできることではありません、周りの友人や仲間が手伝ってくれたのでしょう。
想いを共有して夢を実現したんですね。

ハンでにも負けないで自分の夢を達成する、見事な逆転人生です!
心に勇気をもらいました。

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