大谷翔平・藤浪晋太郎の現在・過去を検証比較!高校時代は藤波慎太郎の方が凄かった⁈

大谷翔平選手が結婚を発表しました。

大谷ロスに陥った女性が世界中にたくさんいるようですが、「おめでとう」と祝福しています。

これだけ愛される選手って過去いないですよね。

そんな大谷選手、阪神からメジャーリーグに行った藤浪晋太郎選手とは、学年が一緒で甲子園で会っています。

藤浪選手は大阪桐蔭時代に2012年・甲子園93回大会に春夏連覇して、大谷選手は花巻東高校時代甲子園に2012年の夏と、2013年の春出場しています。

大阪桐蔭とは2012年一回戦で戦っていますが、花巻東は負けました。

高校時代は藤浪晋太郎選手が圧倒的なスターで、大谷翔平選手をしのいでいたんです。

現在は逆転して、圧倒的に大谷翔平選手がスターになっています。

10年でなんでこんなにも差が付いてしまったのか、現在・過去・未来はどうなるのか?検証してみました。

それでは、最初に二人の現在について比較検証してみたいと思います。

大谷翔平選手と藤浪晋太郎選手の現在

大谷翔平選手と藤浪晋太郎選手の比較を以下にまとめました。

身体の比較

  • 大谷翔平選手の身長は193センチです。
  • 藤浪晋太郎選手の身長は197センチ、体重は約98キロです。

身体能力は2人とも高校時代とか大差なかったんじゃないでしょうか?

プロに入ってからも最初の3年は、藤浪晋太郎選手のが毎年10勝以上して存在感を

年収

  • 大谷翔平選手ドジャースとの契約は10年間で総額7億ドル(約1015億円)です。

この契約の金額は、サッカーのリオネル・メッシやバスケットボールのレブロン・ジェイムズといったスーパースターの契約金に匹敵する、もしくはしのぐとさえ言われています。

  • 藤浪晋太郎選手の2024年の年俸は335万ドル(約4億8575万円)で、85万ドル(1億2325万円)の出来高が付いています。

この金額でも一般人にとっては凄いんですが、大谷翔平選手が破格過ぎて何にも言えませんね。

所属球団・大谷翔平選手はロサンゼルスドジャースに所属

大谷翔平選手はロサンゼルス・ドジャースに移籍しました。

2023年12月9日にフリーエージェント(FA)となった大谷選手がドジャースと契約に合意しました。

これにより、大谷選手は世界でトップレベルの報酬を得るスポーツ選手となりました。大谷選手は自身のインスタグラムで移籍を公表し、「次のチームとして、ドジャースを選ぶことに決めました」と投稿しました。

大谷選手の移籍はメジャーリーグの歴史を彩る一方で、学生時代から憧れた伝統球団で、目標の世界一を目指すこととなりました。

大谷選手は投手と打者の両方として優れており、現代の野球を様変わりさせたと高く評価されています。

2021年と2023年には、アメリカン・リーグの最優秀選手(MVP)に選ばれました

しかも2023年シーズンについては、シーズン終盤に右肘靱帯を損傷してシーズンを途中で終えたにもかかわらず、2回目の満票受賞を果たしました。

今年3月にはワールドベースボールクラシック(WBC)の決勝戦で、日本代表の一員としてアメリカ代表と対戦し、日本の優勝に大きく貢献しました。

日本がWBC決勝でアメリカに対戦し、優勝するのは初めてでした。日本では野球が一番人気のスポーツなだけに、これは重要な勝利でした。

藤浪晋太郎選手はニューヨークメッツに所属

藤浪晋太郎選手は現在、メジャーリーグベースボール(MLB)のニューヨーク・メッツに所属しています。

彼は以前、阪神タイガース、オークランド・アスレチックス、ボルチモア・オリオールズに所属していました。

 

奥さん

  • 大谷翔平選手は日本人女性と結婚しています。
  • 藤浪晋太郎選手の結婚についての公開情報は見つかりませんでした。

住居

  • 大谷翔平選手と藤浪晋太郎選手の具体的な住居についての情報は公開されていません。

大谷翔平選手の高校時代

大谷翔平選手の高校時代は、非常に印象的でした。彼は岩手県の花巻東高校に進学し、野球部で活躍しました。

1年生(2010年) 春は4番バッターでポジションはライト。秋はエース投手として登板。この時既に最速147km/hを記録していました。

2年生(2011年) 春もエース投手のまま。最速151km/hを記録しています。夏の甲子園1回戦の帝京高校戦ではケガのためライトで先発出場。しかし4回から投手として登板し150km/hを記録した。これは当時の甲子園では田中将大と並ぶ高校2年生最速タイ記録である。

3年生(2012年) 春の甲子園1回戦の大阪桐蔭戦では4死球、7四球で自滅した悪夢の結果となりました。試合結果は2-9で大阪桐蔭に敗退でした。しかし、キレのあるスライダー、内角外角めいっぱいの隅をつく抜群のコントロールで11奪三振の結果を残していました。

夏の岩手大会ではアマチュア野球史上初となる最速160km/hを記録しました。しかし決勝で敗れ甲子園出場はならなかった。

甲子園通算成績 投手成績:14回を投げ、防御率3.77、16奪三振。打者としての成績は、打率.333、1本塁打です。

大谷選手の高校時代は、その速球以外はパッとしない成績でしたが、その後のプロ野球界での成功を予見させるものでした。彼の高校時代の活躍は、その後のプロ野球界での成功を予見させるものでした。

大谷翔平選手の高校時代、今の活躍の起源「マンダラチャート」

出典元・スポニチ

大谷翔平選手が高校時代に使用していたマンダラチャートは、目標達成のための具体的なフレームワークです。マンダラチャートは、中心に大きな目標を置き、その周囲に目標達成のために必要な具体的な要素を記入します。

大谷選手が高校一年生の時に作成したマンダラチャートでは、中心に「ドラフト18球団から指名される」という目標を掲げ、その周囲に「体づくり」「コントロール」「キレ」「スピード160km/h」「変化球」「運」「人間性」「メンタル」の8つの要素を記入しました。

これらの要素はさらに具体的な目標に分解され、それぞれのマスに記入されました。例えば、「体づくり」のマスには「体のケア」「サプリメントを飲む」「柔軟性」「スタミナ」「可動域」などの具体的な目標が記入されていました。

このように、マンダラチャートは目標達成のための具体的な行動計画を可視化するツールであり、大谷選手のように自己成長や目標達成に役立てることができます。

藤浪晋太郎選手と大谷翔平選手の、高校時代の身体能力はほとんど変わらなかったようなきがします。

しかし、大谷選手の凄いところは、マンダラチャートの「運」「人間性」「メンタル」「体づくり」

これを長期目標設定に入れ、現在も継続していることだと感じました!

ここが藤波選手との差が広がったのかなと、勝手に考えました。

藤浪晋太郎選手の高校時代

藤浪晋太郎選手の高校時代は、非常に印象的でした。彼は大阪府の大阪桐蔭高校に進学し、野球部で活躍しました。

1年生(2010年) 1年生の夏からベンチ入りしました。

2年生(2011年) 2年生の春からエースとなりました。

3年生(2012年) 3年生の春のセンバツでは史上初の全5試合で150km/h以上を計測し優勝しました。同年夏の甲子園では準決勝の明徳義塾戦を9回2安打無失点8奪三振、決勝の光星学院戦では9回2安打無失点、決勝史上最多タイの14奪三振、決勝史上最速となる153km/hを記録する2日連続の2安打完封投球で勝利し、史上7校目の春夏連覇を達成しました。

甲子園通算成績 甲子園での通算成績は76回を投げて防御率1.07・90奪三振です。

藤浪選手の高校時代は、「浪速のダルビッシュ」と呼ばれ、その後のプロ野球界での成功を予見させるものでした。

 

大谷翔平選手のプロ入り後の成績

大谷翔平選手のプロ入り後の成績は以下の通りです:

北海道日本ハムファイターズ時代(2013年 – 2017年)

  • 2013年にドラフト1位で日本ハムファイターズに入団しました。
  • 2014年には11勝、10本塁打で日本プロ野球(NPB)史上初となる「2桁勝利・2桁本塁打」を達成しました。
  • 2016年にはNPB史上初となる投手と指名打者の両部門でベストナインのダブル受賞に加え、リーグMVPに選出されました。

ロサンゼルス・エンゼルス時代(2018年 – 2023年)

  • 2018年にロサンゼルス・エンゼルスに移籍し、メジャーリーグベースボール(MLB)で活動を開始しました。
  • 2018年シーズンでは日本人史上4人目の新人王を受賞しました。
  • 2021年シーズンでは9勝、46本塁打でリーグMVPを獲得しました。
  • 2022年シーズンではMLB史上初となる投打で規定に到達しました。

ロサンゼルス・ドジャース時代(2024年 – 現在)

  • 2023年オフにドジャースと10年総額7億ドルの北米プロスポーツ史上最高額で契約しました。
  • 2023年のWBCでは、エース兼打者として日本代表に大きく貢献しました。
  • 2023年シーズンでは44発でアジア人初の本塁打王に輝き、2度目のリーグMVPを受賞しました。

藤浪晋太郎選手プロ入り後の成績

藤浪晋太郎選手のプロ入り後の成績は以下の通りです。

  • 阪神タイガースに2012年のドラフト1位で入団しました。
  • プロ入り後は3年連続で2桁勝利を挙げ、2015年には最多奪三振のタイトルを獲得しました。
  • 2017年以降は不調に陥り、リリーフも経験しました。
  • 2021年は自身初の開幕投手に指名されました。
  • 打者としても2014年にプロ初本塁打を打った他、2015年には二塁打2本を含む8安打、6打点、得点圏打率.353の成績を残すなど勝負強さを見せました。
  • 2018年には日本プロ野球史上、投手としてはバルビーノ・ガルベス以来の満塁本塁打を打ちました。
  • メジャーリーグに行ってからの藤浪晋太郎選手

今季からメジャーリーグで戦うアスレチックスの藤浪晋太郎(29才)が、異国の地でもがいている。オープン戦では3勝を上げて開幕ローテーションに入ったが、初先発となる4月1日のエンゼルス戦で2回1/3で8失点と滅多打ちをくらうと、2戦目以降も、

・4月8日 4回1/3 5失点
・4月15日 6回0/3 3失点
・4月22日 2回1/3 8失点

と、結果はボロボロ。現在は中継ぎでチャンスを与えられているが、毎試合のように失点を繰り返し、現地では“史上最悪の先発投手”“2023年で最悪の契約”などと言われている。

大阪桐蔭高校時代には、エースとして甲子園春夏連覇を達成し、ドラフト1位で地元・阪神に入団。1年目から3年連続で2ケタ勝利を上げ、ゆくゆくは虎の大エースになるものと思われたが、4年目以降は期待を裏切る成績が続いた。そして今、アメリカでも苦しんでいる。その理由の1つとされるのが“練習嫌い”だ。

「プロ入り後、順調なスタートを切った藤浪ですが、その後の低迷への予兆はありました。2年目の時、同僚の能見篤史から、『練習量が30代の僕と同じ』と苦言を呈され、メッセンジャーからも手抜きを指摘された。オフにバラエティ番組に出演した際、『高校の練習はしんどかった。プロの練習はめちゃくちゃラク』と話し、ファンを呆れさせたこともありました。出典元・ニュースポストセブン

藤浪晋太郎選手が今の大谷選手に大きく差をつけられたのは、この考え方だと思います。

恵まれた身体能力があり、あまり努力しなくても結果がでたのでしょう。

一方大谷選手は身体能力がありながら、さらに高みを目指し努力を重ねたことが現在の大谷翔平を作ったのでしょう。

大谷翔平と藤浪晋太郎の今後は?

大谷翔平選手と藤浪晋太郎選手は、確かに身体能力においては互角の部分も多いと思われます。しかし、スポーツ選手のパフォーマンスは、身体能力だけでなく、技術、戦略、メンタルなど、多くの要素が組み合わさって形成されます。

大谷選手は、15歳からマンダラチャートを使用して長期目標を設定し、それに向かって確実に成長してきたとのことです。

これは、彼が自己の成長と目標達成に対して真剣に取り組んでいる証拠であり、その結果が現在の彼の高いパフォーマンスにつながっていると言えるでしょう。

一方、藤浪選手もまた、自身の能力を最大限に引き出すために、日々厳しいトレーニングに取り組んでいます。彼の投球は、その力強さと制球力で知られ、多くのバッターを打ち取ってきました。

しかし、大谷選手と藤浪選手の間には、現在のパフォーマンスや評価に差があることも事実です。

これは、彼らがそれぞれ異なる環境でプレイしてきたこと、そしてそれぞれが持っている独自の才能やスキル、そしてそれらをどのように活用してきたかによるものでしょう。

スポーツ選手の評価は、その時点でのパフォーマンスだけでなく、その選手がどのように成長し続けているか、また、その選手がチームにどのように貢献しているかなど、多くの要素によって決まります。

大谷選手と藤浪選手は、それぞれが自分の道を切り開き、自分自身を高め続けることで、今日の地位を築いてきました。これからも彼らの更なる活躍が期待されます。

まとめ

大谷翔平と藤浪晋太郎の同年代で同じような身体能力があり、高校時代から活躍してきた2人について、現在と過去、そしてこれからの二人の行く先について検証してきました。

常に努力をし続けた大谷翔平と練習嫌いな藤浪晋太郎との違いは現在現れているのではないでしょうか?

マンダラチャートは長期目標・目的達成にいかに優れたツールなのかが、大谷翔平が証明してくれました。

是非参考にして使ってみましょう。